シリーズ3 老舗を歩く  赤目滝の観光に尽力 代々続く地域発展への強い思い~対泉閣

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      赤目滝の観光に尽力

      代々続く地域発展への強い思い

     

     

      湯元 赤目温泉 隠れの湯 対泉閣 (名張市赤目町長坂)

     

     

    「日本の滝百選」「平成の名水百選」に選ばれた赤目四十八滝。

     

    滝の入り口に建つ老舗旅館「対泉閣」。

     

    観光地として今在る四十八滝の誕生にも大きく貢献された同家を

     

    ご紹介いたします。

     

     

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    「対泉閣」の名前の由来は、当時の建物の真正面に、

     

    赤目四十八滝の「大日滝」があり、この滝に相対する館という意味で

     

    名付けられたそうです。

     

    当時は、滝参りとして信仰されていた「不動滝」までしか入山はできませんでした。

     

    しかし、明治時代、玉置熊吉(初代)氏が現在の赤目四十八滝の遊歩道を

     

    さらに奥の滝まで地元の方の協力を得、開拓しました。

     

    その御苦労は相当なものだったでしょう。

     

     

     延寿院そばで、お茶屋を始めた、そのお茶屋こそが、対泉閣の前身です。

     

    その後、炭焼きを主業としていた赤目のこの辺りに、

     

    昭和初期に現在の近畿日本鉄道が保養所とした施設を、

     

    当時の瀧川村長・玉置治平(2代目)が観光推進のために取得します。

     

    「対泉閣」の始まりです。

     

     現在の半分くらいの大きさの木造建築で、当時の鬼瓦を今も庭で眺めることができます。

     

    建物の、大黒柱には、昭和8年と刻まれていました。

     

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     その後、周囲には教職員組合の保養所などが建ち並びます。

     

    そして、赤目四十八滝は、全国一位の瀑布に選ばれ、

     

    紅葉の秋は大勢の観光客でにぎわいます。

     

    しかし真冬の赤目は寒く、観光客の足は途絶えがちでした。

     

    そこで、昭和62年に入り、玉置典治(3代目)氏が、先代の夢でもあった温泉発掘の意志を

     

    受け継ぎ、温泉ボーリングを行います。

     

    翌年、温泉が湧出。赤目四十八滝の観光の更なる発展を実現させようとした

     

    当家の人々の願いが叶い、偉業を果たします。

     

     その後、周囲の施設なども引き取り、建物の増改築を経て、

     

    現在のホテル旅館となります。

     

     温泉が出てからは、その良質な温泉に京阪神を主とした関西方面から、

     

    大勢のお客様が訪れ、人気を博します。

     

    今は、地デジやネットの普及でそれは全国に及び、海外からのお客様も増えました。

     

     平成18年には、三重県の観光に尽力したとして天皇陛下より

     

    「旭日双光章」を受章。

     

     現在4代目玉置英治会長、玉置治郎社長ともに、

     

    今後も名張市の観光を支えている気概を持って地域の発展を願い、

     

    三重県の観光に精一杯の努力を尽くしたいとお考えです。

     

    脈々と続く先代からの観光を通して、地域発展への強い思いは、

     

    5代目にも継がれることでしょう。

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